試練の中から (学園報51号巻頭言より)
学園に残されている1917(大正6)年の『同窓会会報』には、「学校だより」として「過去一年間」という日誌風の記載があります。
格調の高い文章で記された年次報告の中に、興味深い文章が載っていました。
「七月七日 昨夜突然十人余りの病人一時に出来たれば、未だ時は早けれど、急に閉校となり、塾生は準備もそこそこに各々帰省せり。今日より寄宿舎は病院のやう、残れる人々は、病人九名と、先生方と、看護婦と、この内二人は六角病院に送られたり。」
当時の学園は寄宿舎を持っていましたが、夏休みを繰り上げて帰省させたことが記されています。この病気というのが、8月21日の日誌によると、「コレラ、今横浜市民はこの一言のために戦々恐々として、何事かなす術を知らず。」と書かれているので、当時流行したコレラであることが分かります。
2009年、全国の学校関係者は新型インフルエンザに翻弄されました。本学園でも五月に関西旅行を計画していました。関西で感染者が出たとの報道で、多くの学校が修学旅行を中止するなどの処置をとる中で、学園は関西旅行を決行しました。その直後に他校の保護者と名乗る方から、このような時勢に、関西に出かけるなんて学校の見識を疑う、とのお叱りの電話を受けました。
今回の新型インフルエンザは確かに感染力は強く、多くの場合は症状が軽いようですが、中には重篤に至る場合もあり、学校としては対処に苦慮するところでありました。このような全国的な恐怖の事態は何故起こったのか、考えさせられます。
海外からの帰国者に最初の感染者が出たとの報道から、成田空港での「水際作戦」と称する検疫部隊の出動、その物々しさがテレビなどで報道され、多くの人達に恐怖感を起こさせたと思われます。「水際作戦」とはまさに島国特有の発想であり、またそれによって防げると本当に思っていたのでしょうか。
さらに初めのころ感染者は病院やホテルに「隔離」されたということも驚きです。
日本ではかなり長い間「ハンセン病」に対する隔離政策がとられた歴史があります。学園では毎年「ハンセン病を正しく理解する週間」を設けて、生徒達と、偏見と差別の悲劇について考えています。本学園とハンセン病との関わりは、初代校長ピアソン先生の時代から始まります。
そのハンセン病に対する偏見と差別の心理的構造が、再び今回の新型インフルエンザ対応に見え隠れしている気がするのです。
感染者は隔離し、病院や家からは出さない、という措置や、それが当然であるという世相は、本当に正しいのでしょうか。
その後多くの地域、学校で感染は拡大していきましたが、最初の頃は、保護者が学校に連絡してくるときに、「申し訳ありません、子どもが新型インフルエンザと確定しました。」と平身低頭している様子が見られました。なぜ「申し訳ない」と言わざるを得ない心理状態にしてしまうのでしょうか。感染してしまったといっても、何も当人が悪いのではなく、たまたまどこかでウイルスに接触し、感染してしまったに過ぎないのです。それを周囲に迷惑をかけている、申し訳ないという気持ちに追い込んでいく、このような流れに、大きな問題を感じました。
これらの問題に関して、キリスト教学校として、どのように生徒に教えていくべきなのでしょうか。
『心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい、また、隣人を自分のように愛しなさい』(ルカによる福音書10章27節)と奨める聖書の言葉は、自分が実行できるかどうかは別として、誰もが、もしこの言葉のように実行できたらすばらしい、と考える一般的、普遍的な真理といえます。
今回のような場合、感染した当事者としては、自分で拡大を防ぐ手立てを尽くす努力は必要でしょうが、感染した人からはともかく遠くに離れていたいという思いはどうなのでしょうか。実際に家族に感染者が出た場合など、遠ざかることなど出来ません。関西方面に感染者が出たから、その方面には近付かないようにしようという指導は学校として如何なものかと考えさせられます。
むしろどんな危機が予想されようとも、ただそれを避けて安全に身を置くのでなく、それなりに危機に対処できるように指導すべきではないのでしょうか。
最近は、安全であることを優先するあまり、「転ばぬ先の杖」とばかりに大人たちが気を遣い、生徒たちを守り過ぎ、物事への臨機応変の対応方法を考えさせないようにし、ますますひ弱な生徒たちを生み出しているのではないでしょうか。
今回の新型インフルエンザ騒ぎの中でも、「隣人を自分のように愛しなさい」との聖書の言葉の奥深い意味を学ぶことができたように思います。










