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校長メッセージ

プロテスタント宣教150年とキリスト教学校の果たす役割

横浜共立学園中学校 高等学校 校長 坂田雅雄
横浜共立学園中学校 高等学校
校長 坂田雅雄

 西暦2009年は、1854年にマシュー・ペリーが横浜に来航し、続いて1859年に横浜で貿易が始められてから150年となります。と同時に、日本におけるプロテスタント・キリスト教の宣教150年という歴史的な年でもあります。開港と同時に宣教師たちも来日したのです。
 横浜共立学園は、1871年創立、本年で創立138年となります。
 開港当時の横浜や日本の状況は一体どのような状況であったのか、興昧のあるところです。
 幕末の動乱期に十数年にわたって日本に滞在した人に、J・R・ブラックという人がいます。彼の書いた『ヤング・ジャパン」(ねず・まさし訳 東洋文庫・平凡社)という本を読みました。
 治外法権のある居留地で、幕府の検閲も、明治政府の干渉も受けなかった彼の書物には、その時代の政治、社会など、ペリー来航後の日本が、冷静に客観的に描かれています。
 また、同じ『東洋文庫』で、大森貝塚を発見したことで有名な動物学者E・S・モースの書いた『日本その日その日』(石川欣一訳)にも、当時の日本の人々の暮らしや、文化、芸術について、モース手描きの多数の挿絵つきで詳しく描かれています。
 モースの書物で、私が特に興昧を持ったのは、当時の日本の子どもたちがどのように育てられているかという部分です。田植えの風景を描いた箇所を抜粋してみます。
「いたる所に広々とした稲の田がある。これは田をつくることのみならず、毎年稲を植える時、どれ程多くの労力が費やされるかを物語っている。田は細い堤によって、不規則な形の地区に分たれ、この堤は同時に各地区への通路になる。地区のあるものには地面を耕す人があり、他では桶から液体の肥料をまいており、更に他の場所では移植が行われつつある。草の芽のように小さい稲の草は、一々人の手によって植えられねばならぬので、これは如何にも信じ難い仕事みたいであるが而も一家族をあげてことごとく、老婆も子供も一緒になってやるのである。小さい子供達は赤坊を背中に負って見物人として田の畔にいるらしく見える。この、子供を背負うということは、至る処で見られる。婦人が五人いれば四人まで、子供が六人いれば五人までが、必ず赤坊を背負っていることは誠に著しく目につく。時としては、背負う者が両手を後に廻して赤坊を支え、又ある時には赤坊が両足を前につき出して馬に乗るような格好をしている。赤坊が泣き叫ぶのを聞くことは、めったになく、又私はいま迄の所、お母さんが赤坊に対して癇癪を起しているのを一度も見ていない。私は世界中に日本ほど赤坊のために尽す国はなく、また日本の赤坊ほどよい赤坊は世界中にないと確信する。」
「子供が六人いれば五人までが、必ず赤坊を背負っている」、「お母さんが赤坊に対して癇癪を起しているのを一度も見ていない」などの文章には考えさせられます。当時の日本の家族は心を合わせて協力していたこと、そして何よりも子供が多かったことが読み取れます。また当時の日本の家屋はまさに開けっぴろげで、窃盗なども見られない、とも書かれています。
 振り返って、現代の日本社会はどうでしょうか。核家族という言葉が使われて久しいですが、家庭は閉ざされ、密室化し、出生率も低下し、家庭では、兄弟姉妹の少ない子どもが、自分の個室を与えられているなど、人間同士の関わりの希薄さが急速に進んでいます。
 更に情報化社会を象徴するような携帯電話やメール、ブログなどでの繋がり、中には家族よりも見知らぬ人との繋がりが重要性を帯び、親にも相談できない悩みや心情を、見知らぬ他人を根拠もなく信頼し打ち明けるなど、人間関係の歪みがますます進んでいるような気がします。
 家族の崩壊、児童虐待などが問題化している現代の日本で、こうした開港当時の日本の子育ての光景を読むと、改めて現代の社会、家庭教育、学校での教育のあり方を考えさせられます。
 当時の外国人の目に感動的に映った150年前の日本の子育ての姿、親や祖父母、兄弟姉妹が子を慈しんで育てていた姿は、もはや回復できないのでしょうか。
 このような現代社会における、学校の果たす役割は一体何でしょうか。改めて検討する時代に突入していると感じざるをえません。
 モースが書いた少し前に創立された本学園の三人の女性宣教師の一人、プラインは、ある本によると、「道を通る少女を見かけると『あなた、いらっしゃい』と招いた」と書かれています。以来138年後の現在も、横浜共立学園は、この呼びかけを続けています。
 「慈しみの子育て文化」が急速に失われる中で、招いた生徒たちを、「自分を愛するように、隣人を愛しなさい」という聖書のみ言葉の深みの中にいかに導いていくか、学園の、そしてキリスト教学校教育の果たすべき役割を、改めて真剣に模索するということが、私たちに課せられた課題であると思わされます。

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