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校長メッセージ

「生きる力」から「生きる意味」へ

横浜共立学園中学校 高等学校 校長 坂田雅雄
横浜共立学園中学校 高等学校
校長 坂田雅雄

 日本で学んだ留学生が次のような感想を述べたという話を聞きました。
「日本に来て、生きる手段は学んだけれど、生きる意味、目的については全く学ぶことはできなかった。」という言葉です。
 教育の最も重要な部分が、日本の学校教育、家庭教育の中から抜け落ちている実態を、見事に指摘している言葉だと感じました。
 中央教育審議会答申を受けて、文部科学省が打ち出した新学習指導要領では、「生きる力」が重要な柱となっています。
 提示されている「生きる力」とは、自ら学び、考え、課題を見つけ、主体的に判断し、行動し、自らを律しつつ、他人と協調し、他人を思いやる心、感動する心、豊かな人間性 とたくましく生きるための健康や体力を指しているとなっています。
 重視する点として、第一は、変化が激しく複雑で難しい時代を担う子どもたちに、将来の職業や生活を見通して、社会において自立的に生きるために必要とされる力。第二は、自立的に生きる上で重要な能力である思考力・判断力・表現力等をはぐくむため基礎的、基本的な知識・技能をしっかりと習得させ、観察やレポートの作成、論述などの知識・技能を活用する学習活動を行う。そして第三はコミュニケーションや感性・情緒、知的活動の基盤である言語の能力の重視や体験活動の充実を図ることにより、共に生きる自分への自信をもたせるなどがあげられています。
 現在、学校教育の中で、学級崩壊、隣人への無関心などが蔓延し、また年間自殺者数は数年続けて三万人を超える事態となっています。その中には「生きる意味」が分からないという、若い層も多く含まれています。
 また、情報化社会を象徴するような携帯電話やメール、ブログなどでの繋がり、そして家族よりも見知らぬ人との繋がりが重要性を帯び、メールで知り合った、顔も見たことのない人を、根拠もなく信頼し、親にも相談できない心の悩みを打ち明けるなど、人間関係の歪みは目を覆うばかりとなっています。
 そのような現状で、文部科学省が打ち出す「生きる力」の教育には、それなりの説得力があるように印象づけられます。しかし、その内容は決して「生きる力」に結びつくものではなく、やはり生きる手段の追求では、と感じられます。
 幕末から明治にかけ日本を訪れた多くの外国人は、日本の子どもの笑顔とその元気な姿に強い印象を覚え、日本ほど子どもを慈しんで育てる文化を持った国はないと述べています。
 日本が開国してから目指したことは、列強諸外国に対等に接するために、富国強兵、殖産興業の政策でした。その流れの中で、義務教育制度が発足し、日本では世界の中でもかなり早い時期に、国民皆教育に力を入れることとなりました。
 しかしその教育の内容は、西欧諸国に追いつき追い越せ、をスローガンにし、その結果として国家は主に男子教育に力を注ぐことになったのです。
 そのような教育の目標を進める中で、いつの間にか、他人のことより、自分のことが大切という発想、また女工哀史などで知られるように、国家の繁栄のためには、犠牲になる人間があっても仕方がない、といった発想が、いわば自明の理のように培われてきたのではと思われます。
 「生きる目的」は、国家の繁栄であって、一人ひとりはその道具に過ぎないということになり、そこには「一人ひとりを大切にする」といった思想は出てきません。
 「生きる意味」「生きる目的」は、古今東西を通して人類の共通の大きな課題です。
 「宗教(神)のない教育は、知恵ある悪魔を作り出す。」と言ったのは、古くは科学者のガリレオ・ガリレイと言われていますが、まさに「生きる意味」は宗教的課題なのです。
 憲法で信教の自由が保障されています。しかし、戦前の国家による宗教の押し付けの反動のためか、多くの人は、「何も信じない自由」へと流れているのではないのでしょうか。
 文部科学省が推進する「生きる力」は、やがてそこに「生きる目的」を付け加えていく危険を感じます。それは国家の推進する宗教であり、国家のために命を捧げるという目的となるであろうことに危惧を覚えます。
 キリスト教学校は、創立当初から、「生きる目的」「生きる意味」を重点におき、「生きる力」を育むことを目標としてきました。
「主を畏れることは知恵のはじめ」「心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい、また、隣人を自分のように愛しなさい」などの御言葉によります。「畏れるもの」を教えない教育は、知識の使い道を誤ることになります。
 かつて来日したマザー・テレサが指摘したと言われます。「日本人は経済的に富を持っているが、心は貧しく、愛に飢えている。最も、神の愛を必要としている」
 キリスト教学校の果たすべき本来の役割が、改めて私たちに課せられていることをかみしめています。

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創立140周年を迎えて
良いものを大切にする教育 
後期始業礼拝より
試練の中から (学園報51号巻頭言より)